Here it is–the Japanese translation for Dianne Hammond’s essay! Thanks so much to my wonderful friend Shiori Okazaki for the fabulous translation!

大変お待たせしました!ダイアンさんのエッセイはようやく日本語に訳されました。翻訳してくれた友達の岡崎詩織(おかざきしおり)さんに大感謝!

 

日本語の先生、上村セイコさんと(福岡県にて)

 

白と黒の間で:日本の多様性について考える
原著: ダイアン・ハモンド (翻訳: 岡崎詩織)

私は以前、日本はこれ以上ないくらい同一化された社会だと思っていました。全人口の98%近くが日本民族ですし、個人よりグループを尊重する風習があり、個性が隠されてしまうこともあります。私が15歳で初めて日本を訪問し、2週間滞在したときには、同年代の人がみんな着ている、お揃いの学生の制服ばかりが目につきました。

しかし、数年後、私が大学の留学プログラムでもう一度日本を訪れたときは、日本に長くいればいるほど、周りの人がいかに似通っているかではなく、いかに違うかということに気づき始めました。私は2005年9月から2006年5月まで南山大学に通い、その9ヶ月間はずっと、名古屋でホームステイをしていました。留学生のための寮にいるクラスメートと違い、門限や夕食の時間を日本語で交渉する必要はあったものの、壇野家という名の私のホストファミリーは非常に忍耐強く、優しい家族でした。彼らとともに過ごした時間は、どんな授業よりもよく、日本での暮らしについていろいろと教えてくれました。

壇野家では、少し変わった家庭での生活を楽しむことができました。私はそこでホームステイをした18人目の留学生だったので、彼らは外国人と接することによく慣れていました。私のホスト・マザー、タカコさんは料理や掃除が嫌いな専業主婦だったため、私たちは殆ど毎晩外食しました。ホスト・シスターのレイナさんは当時26歳で、まだ実家に住んでおり、日中はOL、夜はミュージシャン兼ニュー・エイジ活動家でした。私のホスト・ファーザーはトヨタで働いていましたが、一日の大半を家で過ごしているようで、働き尽くめのいわゆる「サラリーマン」のイメージとはかけ離れていました。

私がホスト・ファミリーやクラスメートを知っていくにつれ、日本文化はどんどん、白黒がはっきりしなくなっていきました。みな、自分がなぜ周りと違うのかについて話したがりました。たとえば、クラスメートの一人は、私と初対面にもかかわらず、自分は韓国人の血を引いているが、見て分かるか? と聞いてきました。別のクラスメートは、父親が外交官であったことからイギリスで育ち、強いイギリス訛りの英語を話しました。後に私の親友となったまた別の少女は、自分の故郷である九州の郷土料理や祭りについてしきりに自慢し、経験してみるのが一番、と冬休みに私を実家に呼んでくれました。

日本の人や風習の微妙な違いについて少しずつ学びながらも驚いたのは、名古屋にブラジル人、中国人、韓国人など、さまざまな国から来た労働者や移民が住んでいることでした。日本を出るたび、名古屋の移民局に行って再入国のビザを申請しなければならなかったのですが、移民局はいつも混雑し、いろいろな言語を話す人でいっぱいでした。ある日そこで、私はミシェルというブラジル人の移民に出会いました。彼は日本語会話の練習に疲れていたらしく、私と英語で話す機会を喜びました。私の印象では彼は、金銭的な理由から日本に来たものの、日本にいまいち馴染めなかったのだと思います。外国に住みながらも地元の人に歓迎されないという孤独な気持ちは、私もよく分かりました。こういった外国人の移民が日本の犯罪率を増加させている、とホスト・マザーが時折口にしているのを聞いていたのです。

私のホスト・マザーの意見は、日本が現在取り組んでいる、移民に関するさまざまな議論の一つでしかありません。最近書かれたこのワシントン・ポストの記事は、日本に長期滞在しようとする移民たちの挑戦、日本の移民政策を改善しようとしている法律家たちの挑戦などについて語り、日本が経済的な強さを維持するためになぜ移民の労働力を増加させる必要があるのかを説いています。

日本の人口は、45年後には1億2700万人から1億人に減ると思われています。これはつまり、減っていく労働力を補うため、日本は移民に頼らなければならないということです。菅総理は最近、移民制限を緩和し、外国人労働者を今後10年で2倍に増やす、という政策を発表しましたが、国民の大反対にあい、施行は難しくなっています。日本人の大半が、さまざまな理由から、経済的活力を保つためにもっと多くの移民を受け入れるということに反対しているのです。日本経済の未来は、この考えが変わるか否かにかかっている可能性が高いにもかかわらず。

日本社会は個人の違いを尊重することができることを、私は自分の目で見て確信しました。「バウンド・イン・ジャパン」のように文化的意識を高める企画は、移民たちに声を与え、なぜ日本を新しい故郷として選んだのか、発表の場を与えると思います。今後は、移民は増えていく一方だと思えますし、彼らが日本に受け入れられ、歓迎されることは、日本の経済的活力のためには欠かせないことなのかもしれません。

ダイアン・ハモンドはウィスコンシン大学マディソン校で日本語とジャーナリズムを学び、卒業後はワシントンDCの在米国日本大使館で議会班のアシスタントとして2年間務めました。現在は、ヘルスケア関連のPR会社であるTogoRunで働いています。ダイアンは旅行が好きで、これまで、ヨーロッパと東南アジアを訪ねたほか、日本も3度訪問しました。次の海外旅行には中国と日本とマレーシアを訪ねることを考えています。